八王子めじろ台バプテスト教会

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うたえ!

テーマ 賛美  
聖書 エフェソ5:6~20
2016年4月24日                協力牧師 北島靖士

「教会暦」というものがあります。教会暦では新しい年は待降節第一主日
から始まります。この日、めじろ台教会ではアドヴェント・クランツの最
初のローソクをつけます。太陽暦では11月の最終日曜日か12月の第一日曜
日になります。
現在わたしたちは「四月年度始め」を当然のように使っていますが、戦前
の教会はそうではありませんでした。教会暦を年度にする教会、一月年度
の教会、宣教師を送ったアメリカの教会に合わせて6月とか9月年度初めの
教会などさまざまだったのです。ところが1941年、大多数のプロテスタン
ト教会は日本基督教団に合同します。その時に政府の会計年度に合わせな
ければならないということで四月年度になりました。現在の日本バプテス
ト連盟の前身「日本バプテスト西部組合」も一月年度から四月年度になり
ました。1945年敗戦と同時に元の年度に戻った教会もありましたが、連
盟は四月年度のままでした。しかし現在、連盟加盟教会の中には一月年度
を使っている教会がいくつもあります。
教会暦では今日、2016年4月24日は復活後第四主日です。主日にはそれ
ぞれテーマがあります。テーマは多くの場合その日の招詞から取られます。
今日の招詞、詩編98:1から今日は「うたえ(ラテン語でカンターテ)」
の主日と呼ばれるようになりました。
神さまはわたしたちをどんな時にも歌うように招いておられます。わたし
たちは困難や苦難にあうと意気消沈してしまいます。わたしたちの口から
もれるのは青息吐息だけです。そして、わたしたちは暗闇に囲まれている
ように感じます。いやエフェソ5:8に「あなた方は以前には暗闇(テネブ
レ)でした。」とあるように自分自身の闇を見せられます。
そのような、わたしたちに神さまは「新しい歌」を与えて下さいます。い
のちの歌を与えてくださいます。いのちの主である神さまを賛美する歌を
歌いましょう。お腹の底からの喜びの歌を与えてくださいます。歌いまし
ょう。
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by hachimejibap | 2016-04-30 09:00 | メッセージ

広く共に生きる

テーマ :新生
聖書 マタイ福音書 24章1~14節
2016年4月17日                 牧師 左右田 理

 本日の聖書箇所で弟子たちは、礼拝堂に対して、単に、芸術的に感心、感激をしてい
たというわけではないでしょう。彼らだって、まがりなりにも信仰者です。礼拝を捧げた充
実感が礼拝堂への称賛として言い表されたのでしょう。(1節、マルコ13:1) だとしたら、本
日の聖書箇所でイエス様が災いの予言をするのも、人類の将来を悲観しているのでは
なく、礼拝の恵みが何であるかを見直すよう、招いているのではないでしょうか。
 まず、十字架の叫び(マタイ27:46)と向き合う礼拝を通して私たちは、救い主を名乗り、
人々から好評を得ようとする者は、偽物だということに気づかされていく恵みに生きるこ
とでしょう。(5節) 十字架の主こそが復活の主である、という宣言と向き合う礼拝を通し
て私たちは、いかなる悲惨な事態も決して“終わり”ではない、ということに気づかされて
いく恵みに生きることでしょう。(6節) 十字架の主こそが、やがて天から降りてこられる
再臨の主であるという希望と向き合う礼拝を通して私たちは、目の前に、どれほど深刻
な敵対関係が立ち塞がっても、それは正しい裁きが創造される出発点に過ぎない、とい
うことに気づかされていく恵みに生きることでしょう。(7~8節) 産みの苦しみ(8節)…それ
は十字架の苦難の主による正しい裁きの創造です。身内、仲間内を優遇しようとし、ま
た安定させようとする常識的な情緒に対して、敵をこそ愛するようにと、今も悔い改め
(方向転換)を呼びかけておられる復活の主の招きです。(マタイ5:43~44)
 礼拝は私たちを主の招きに応えさせるために派遣します。.礼拝を通して私たちは、人
の思いを越えて十字架の命に生きる者として創造され、十字架の苦難の主を拒む人々
のただ中で、十字架の愛に満たされるため、派遣されていきます。(9節) 十字架の命
に生きる者として創造される私たちは、身内や仲間に裏切られ(10節)、威勢の良い言
葉に振り回され(11節)、疑心暗鬼に支配され(12節)、壊れていく人々の傍らに、すでに
立っておられる十字架の主の恵みと、くり返し出会うことでしょう。
 あらゆる悲惨は、すでに、十字架の主の恵みに支配されている…世の終わりには、あ
らゆる命が十字架の愛に支配されている…私たち礼拝の民は、このような世界の有様、
将来像をあらゆる命と分かち合うために(14節)、この世の旅路を共に、ひたすら前進し
ていこうではありませんか。(13節)
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by hachimejibap | 2016-04-29 12:00 | メッセージ
テーマ :新生
聖書 ルカ福音書 5章33~39節
2016年4月10日                 牧師 左右田 理

 “断食”は当時の宗教社会において仲間と見なされる資格であり、一体感をもたらす
作法でした。(33節) しかしイエス様は“断食”を、婚礼の描写を引用しつつ、出会いと
別れ、そのつど新しく生まれる喜怒哀楽に、そのつど新しく対応していく生き様の一つと
されました。(34~35節) イエス様にとって“断食”とは、愛する者を失った時にあふれ出
る自然体であり、社会的資格などによる一体感などとは異なるものだったのでしょう。し
かし、当時の常識からすればそれは、イエス様が社会的一体感を破壊しかねないとい
う疑念を人々の間にもたらしたのではないでしょうか。(33節)
 苦しいとき、つらいとき、自分だけじゃない、みんなも一緒だ、ということに気づいて安
心した、という経験は誰にでもあることでしょう。ここには、「わたし」が「わたしたち」に進
んでいくという安心があります。しかし、このような安心、安定は、お互いの違いが見え
てきた時に揺さぶられます。ですから人は、「わたしたち」としての安心を保つために、
“同じ”であることを、ことさらに強調しようとするかも知れません。お互いの違いから目
を逸らし、そして違いそのものを排除しようとするかも知れません。
 花婿が取り去られる時(35節)とは、主の十字架を証ししていたと考えられます。「わた
したち」による安心、安定を守ろうとして、“違い”に耐えられなかった社会、その共同体
は、救い主を排除したのです。しかし十字架は、決して十字架だけでは終わりません。
十字架と復活とは一つだからです。だとしたら、続く例え話(37~39節)は、復活をテーマと
していることでしょう。イエス様は、伸縮性に富んだ新しい布地や、革袋の中で発酵し膨
張する新しい酒に見られるような、いわば不安定な状態に対応できる豊かな関係性に
こそ、復活の命があることを証ししてくださっているのではないでしょうか。
 安心、安定が良いのだと、「わたしたち」に閉じこもろうとしても(39節)、復活の命は必
ずそこを破り出て(37節)、あらゆる命を「あなたがた」へと押し出すのです。世界中に散
っている、まだ見ぬ「あなたがたへ」と押し出すのです。絶えず新しい「わたしたち」とな
る祝福に向かって前進するために、くり返し、より新しい「わたしたち」となる祝福に向か
って広がるために、ひたすら、まだ見ぬ「あなたがた」へと派遣し続けるのです。
                    新生讃美歌679「ベネディクション(祝福)」
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by hachimejibap | 2016-04-29 09:00 | メッセージ

共に苦しみを

テーマ :伝統
聖書 テモテへの手紙 二 1章3~18節
2016年4月3日                   牧師 左右田 理

 本日週報の表紙にありますように、年間主題、聖句が新しくなりました。2016.3.20計画
総会で議決承認されましたように、当教会に託された十字架の福音として、中長期ビジ
ョン(展望)を共に見いだしていきましょう。このような新年度の幕開けに際し、本日、私た
ちが心にとめたいことは、中長期ビジョンに取り組んでいくということは、教会の伝統を
築き上げていく恵みである、ということです。
 十字架の福音とは、その時代、その社会においては恥ずかしく惨めなもの、いわば呪
いでしかなかったものを、神から託された命の宝物だと、教会が自覚させられたという
歴史的出来事です。(12節) 十字架の苦難の主こそが自分の宝物だという自覚に基づ
いて人々が教会形成、礼拝形成に連なる出来事です。(11節) だとしたら教会において
は、かつては伝統と見られていた考え方や作法でも、後生がその考え方や作法を通し
て十字架の苦難の主を証しできなくなったときには、すでに、それは単なる習慣、慣例
に過ぎなくなっているのでしょう。過去の前例や体験による考え方や作法が、教会の伝
統と呼ばれるにふさわしいかどうかは、その出来事が、十字架の福音の証しとして後生
にきちんとバトンタッチされているかどうかにかかっていると言えましょう。
 しかし、伝道者パウロにとって、福音のバトンタッチは決して容易なことではありません
でした。迫害、困難の荒波に揉まれる教会には、バトンタッチどころか、次から次へと信
仰の友が離れ去る厳しい現実がありました。(15~17節) しかし伝道者パウロは、離れ去
る信仰の友にも福音のバトンタッチが成就する明日を見ます。(18節) 今まさに信仰が
危機に瀕していた弟子のテモテ(4,7節)を取り囲んできた福音的人間模様に、福音のバ
トンタッチが成就する保証を見ます。(5節) テモテへの手紙 第二は、パウロの殉教直
前の書簡とも呼ばれますが(4:6)、自分の身の安全を捨て去り、自分を置き去りにする
人々に祝福が届く明日を自覚的に夢見るのです。(新生讃美歌679参照)
 十字架の苦難をもって死なれたキリストを、自分たちの命の宝として共に自覚し、共
に死に、共に生きるよう、招き続けるところに(8節)、人知を越えた福音のバトンタッチを
生み出す中長期ビジョンが、豊かに開かれていくことでしょう。それはやがて、十字架と
復活による永遠のご計画として、生き生きとした教会の伝統と成ることでしょう。
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by hachimejibap | 2016-04-28 20:56 | メッセージ

みんなで歌おう!共に話そう!そして一緒に祈ろう! 〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036


by hachimejibap