八王子めじろ台バプテスト教会

hachimejib.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧

テーマ :敗戦記念日
聖書 エレミヤ書38章17~20節 (新共同訳聖書)
2014年8月10日

 1945年、敗戦の決断がもっと早ければ、沖縄戦20万とも言われる命の犠牲は避けるこ
とができました。あの広島、長崎の原子力殺戮も… 敗戦記念日は、目に見える勝利を
越えるよう人々を招き、永遠の命の勝利を指し示す記念日なのだろうと思います。
 争いに大義名分は付きものです。戦勝国は正義、敗戦国は悪、という色分けも世の常
です。敗者は今まで掲げてきた大義が木っ端微塵にされ、ことごとく裏返され、すべてが
悪行の罪状書きへと塗り替えられる恐怖に陥ります。また勝者、敗者を問わず、“自己
正当化”によって自分の加害者性が見えなくなり、自分の被害者性ばかりが目につく
ようになってしまいます。本日の聖書箇所でゼデキヤ王も、被害妄想が先行し(19節)、
「あなたは家族と共に生き残る(17節)」という救いの声もなかなか耳に入らなくなってしま
ったのでしょう。しかし今、キリストはすでに、
   「…わたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付け
    にして取り除いてくださいました。(コロサイ2:14)」
 古今東西、自己正当化(自己義認)を抱え込んで敗戦を先延ばしにしたために、焼き尽
くされてきた命や街は数えきれません。しかし神は、キリストの十字架において、あらゆ
る自己正当化をまったく焼き尽くす霊の炎を起こしてくださり、復活の主のご支配として、
永遠の命の自己肯定を、あらゆる命に満たしてくださることでしょう。(マタイ3:11)
 永遠の命の自己肯定に満たされるなら、見たくない自分、また見られたくない自分から
逃げません。(創世記3:8) 逆に、自分の弱さ、愚かさこそが、後に来る人々の生きる力
となるという十字架の希望に生きます。(マルコ15:34、詩編22編) それは、報われない愛
に苦しむ後生に あらかじめ連なることであり、共に自己正当化から解放される希望で
す。(7/13「イエスの栄光の座」参照) それはまた、報われぬ愛という十字架の富に生
きた者も、自己正当化に縛られた者も、共に救われる希望です。(1コリント3:11~15)
 今に生きる者どうしの共存共栄は、権益と被害者意識が渦巻く 滅びの淵の上を進ん
でいく綱渡りです。しかし、まだ見ぬ後生に希望が残される備えとして、今に生きる者
どうしが共に衰退をも喜んで引き受けていけるなら、平和の実現は豊かに始まっていま
す、復活の主のご支配として すでに。(ヨハネ3:29~30)
 ひたすら十字架の平和に聴きましょう。
[PR]
by hachimejibap | 2014-08-12 07:52 | メッセージ
テーマ :平和の挨拶
聖書 ルカ福音書24章36~43節 (新共同訳聖書)
2014年8月3日

 日本バプテスト連盟は、毎年8月を平和月間と位置づけています。私たちの教会も、不
信感、憎しみの横行する罪の世に、和解の福音の主として生きて働いておられる復活の
主を、連盟に加盟する諸教会と共に礼拝しましょう。
 戦後日本が追い求めてきた平和は今、亡霊に直面し、多くの人々が恐れおののいてい
ます。(37節) 亡霊とは、もはや共に歩めない存在です。共に生きられない存在です。亡
霊については、こうも言えるでしょう。和解の絶望、平和の絶望のしるし、と。「もう、武力
なき平和なんてありえないよ」、「味方は味方、敵はあくまでも敵として区分けしていく、そ
れこそが現実的平和だよ。」…亡霊は“現実的”という言い方でもって和解の希望、平和
の希望を制限し、人々の愛を身内、仲間内へと閉じこめようとします。
 しかし復活の主は生きて働いておられます。私たちはそのことをなかなか信じられない
でしょう。イエス様の よみがえりの からだを確認できたはずの弟子たちですら(40節)、な
かなか信じられなかったのですから。それでも復活の主は不信仰な人々を決してあきら
めない。復活の主が、あらゆる人をあきらめていないしるしこそ、主の食卓です。主の食
卓は、自らの腹を満たすためではなく、不信感に支配されていた人が“信じる心”を取り
戻し、さらに“信じる心”が広がっていくための食卓です。(41節) 私たちは、そういう主の
食卓として、礼拝式の中で主の晩餐式を共にするのです。
 “平和の挨拶”という、互いの安否を問い、互いに握手し合うひとときを分かち合う礼拝
式があります。私は握手が苦手です。相手だって自分と握手したいかどうか…しかしキリ
ストは、「あなたに平和、あなたと私との間に平和!」とひたすら前進します。(ルカ10:5 本
日の招詞) そして平和を疑い、うろたえるのはなぜ?(38節)と問うておられるのです。
 復活の主が「平和!」と現れてくださる前に何かが話し合われていました。(36節) それ
は、“信じられないような”数々の希望の出来事の分かち合いでした。(24:1~35) ですか
ら私たちも復活の主と出会うことができます。さぁ、主の晩餐式において、十字架の主の
からだを象徴するパンを共に受け、十字架で流された血を象徴する杯を共に受け、復活
の希望を分かち合い、平和の主キリストの挨拶、和解の福音に満ちた新しい一週間へと、
共に派遣されましょう。
[PR]
by hachimejibap | 2014-08-11 08:21 | メッセージ

みんなで歌おう!共に話そう!そして一緒に祈ろう! 〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036


by hachimejibap