八王子めじろ台バプテスト教会

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今年のイースター(復活祭)は4/20、当教会でも主イエス・キリストのご復活を
記念して、礼拝、お祝いをしました。

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まず朝!
教会庭に隠された ゆで卵を子どもたちが見つけ
ます。
綺麗に包装された卵を、
復活の命を象徴するその卵を、
子どもたちは見つけて大喜び。
おとなの人たちにも分けてあげて、みんなで分かち合って祝います。


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そうそう、朝の礼拝から午後の祝会まで、素敵なお花が見守ってくれていました。
北島先生の礼拝メッセージ「石は転がる」を共に
聴き、復活の命の豊かさを、その香りを感謝!





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礼拝後の愛餐会では、お料理を皆で持ち寄って楽しく食卓を囲みました。
永遠の命の主を共に仰ぎつつ、さぁ、2014年度も感謝と希望をもってスタートです!
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by hachimejibap | 2014-04-21 11:09 | 活動報告

石は転がる

テーマ 復活
聖書 マルコによる福音書16:1~8(新共同訳)
2014年4月20日      協力牧師 北島靖士

イエスさま当時のユダヤの墓は横穴式で、入口は大きな石で蓋がされていました。
アリマタヤのヨセフという金持ちの墓でしたから、入口の石も大きく、人の背丈
を超えるものであったのでしょう。女たちが「だれが墓の入り口からあの石を
転がしてくれるでしょうか」(2節)と不安になったのも当然です。
墓(石)とは何でしょうか。それは故人の記念碑(モニュメント)です。残され
た者がそこで故人を思い起こす「よすが」です。九州にあるわたしの父母の墓は
わたしが父母を思い起こすためのモニュメントです。聖書のこの箇所ではイエス
さまの遺体に香料を塗るために、早朝墓に来た女たちのモニュメントでした。
また墓が空であると聞いて駆け付けたペトロ、ヨハネ、弟子たちのモニュメント
でした。さらに、こんな大きな石で封をしておけば誰も手を付けられないだろう
とタカをくくっていたローマ兵のモニュメントです。さらに兵士達を派遣した
総督ピラトやユダヤの大祭司、律法学者たちのモニュメントです。彼らはイエス
さまの遺体が収められ、大きな石で封をされてしまったのを見て、「ああ、今日
の十字架騒動もこれで一段落したわい」とそれぞれ自分の家に帰り、明日からの
いつもの生活―物を売ったり、畑をたがやしたり、羊を飼ったり生活―に戻って
行ったのです。
 わたしが何を言いたいのかというと、単なるモニュメント、単なる過去の思い
出からは新しいことは何も起こらないということです。墓の外側に居る人にとっ
ては墓はモニュメント=思い出以外の何ものでもありません。しかし、墓の内部
には誰がいたでしょうか。イエスさまです。鞭打たれた後、十字架にかけられ、
手足を釘で打ちつけられ、槍でわき腹を突かれてぼろ屑のように捨てられたイエ
スさまがおいでになったのです。
 外からでは開けることの出来ない石が、内側におられたイエスさま、十字架に
つけられたイエスさまによって開かれた。石が転がった。石は打ち砕かれた。思
い出しかなかった女たちや弟子たちとイエスさまの間に新しい出会いが起こった。
(Ⅰコリント1:1~11)彼らがイエスさまに従って新しい生き方を始めた。「十
字架のイエスさまとの新しい出会い」=「復活」の出来事が始まった。
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by hachimejibap | 2014-04-21 10:32 | メッセージ

大きな恵み

テーマ :復活の主によって共に生きる
聖書 使徒行伝4章33節
2014年4月13日

 本日から受難週です。しゅろの主日とも言われる日です。イエス様を大歓迎した賛美の
歌声は、一週間も経たずに、イエス様を十字架に見殺しにします。それは人の罪深さです。
たしかに、それはまったく罪深い愚かさではありました。しかし、だからといって、あの賛美
は果たして無駄だったのでしょうか。
 本日の聖書箇所で、主イエスの復活を証しするところに、大きな恵みが満ちあふれた、
と記されています。自分たちが見殺しにしてしまったあのお方はよみがえった、その喜びに
よって起こされた恵みです。彼らの中に起こされた不思議です。それは、自分の思い通り
になることを幸せと呼ぶ世の中において、まったく不思議な出来事でした。自分の持ち物
が無くなっていくことを不幸と呼ぶ世の中において、まったく不思議な出来事でした。かとい
ってそれは、一定の社会的路線が規定されてから起こる社会現象…たとえば社会主義、
共産主義などとも異なっていました。まったく一人一人の自由によって起こった出来事でし
た。人知を越えた出来事、聖霊の働きとしてそれを受けるところ、それこそがキリスト教会
だったのです。(32~37節)
 …わたしたちはこの教会をささえ、全世界に主の福音をのべ伝えます。また困窮する人
々を覚え、キリストの福音の前進のために喜んで献金をいたします。…
                 八王子めじろ台バプテスト教会の契約 より
 それは、困窮する人“のために”というような、固定化された社会倫理的路線ではないで
しょう。すなわち、“~してあげる”というような、恩着せがましい 上から目線の親切ではな
いでしょう。それは自分が所有していたものから解放される自由、すべてを明け渡す自由
だったのではないでしょうか。それこそ、キリストが私たちのためにあの十字架で勝ちとっ
てくださった自由だったのではないでしょうか。自分が生きることを喜ぶのではなく、隣り人
が生きることを喜びつつ、隣り人と共に生きる自由、すなわち復活の主の招きに応える歩
み、キリストの福音の前進です。
 私たちはすべてを神さまに明け渡しましょう。すべてを捧げましょう。礼拝、献金、賛美、
祈り…それらは私たちの弱さ、愚かさを超えて、ことごとく、「共に死に、共に生きる」自由へ
と結び合わされていくことでしょう。主は復活し、今も生きて働いてくださっています。
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by hachimejibap | 2014-04-16 11:04 | メッセージ

みんなで歌おう!共に話そう!そして一緒に祈ろう! 〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036


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