八王子めじろ台バプテスト教会

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彼らは喜びにあふれた

テーマ:ささげもの、招きの主の勝利を宣言し、祝うために
聖書 マタイ福音書 2:7~12
2013年12月29日

 クリスマス物語に登場する、東方からの博士たちは、神の民イスラエルからすれば、罪に
汚れた異邦人であり、滅びるべき占星術師でした。(レビ20:27、使徒行伝10:28) しかし、救
い主のご降誕を祝い、ささげものをしたのは、救われていたはずのイスラエルの民ではなく、
救いから外れていたはずの、東方からの来訪者でした。この不思議な逆転現象から、“ささ
げもの”に秘められた、人知を越えた喜びと向き合いましょう。
 クリスマス物語に見る“ささげもの”とは、あらゆる命に対する招きの主の勝利の“宣言”
であり、招きの主の勝利の“祝い”に他ならないことでしょう。だとすれば、十字架の主が招
く礼拝において、「あらゆる命を分け隔てていた、あらゆる柵の一切が、すでに取り払われ
ている」(エペソ2:14~16)、という、人知を越えた平和の主のご支配を宣言し、共に祝う、その
具体的なかたちとして、“ささげもの”があると言えましょう。
 クリスマス礼拝が終わって数日後、葬儀の司式を致しました。クリスチャンでない方の葬
儀を、キリスト教式で執り行うということは、どういうことなのか、改めて考えさせられました。
私たちの教会は今年、深い苦難のただ中にあってなお、このクリスマス、この年末に至る
まで、力の限りの“ささげもの”ができました。それは私たちが、招きの主によって受け入れ
られてきた証しではないでしょうか。私たちの からだ(全生活)が、招きの主によって、すで
に祝われていた証しではないでしょうか。招かれるに値しない私たちが、招き入れられ続け
てきた1年だったのではないでしょうか。だとしたら、命の召天の宣言、“ささげもの”として
聖別される からだの祝いを、クリスチャンで有る無しを越え、天地の開きほどの違いをも
越えて(エペソ1:10)、分かち合うこともまた、当教会に託された葬儀の使命、さらには、礼拝
の使命に違いありません。(ロマ12:1~2)
 当教会に与えられている救いの契約、「八王子めじろ台バプテスト教会の契約」には次の
ようにあります。
 「…困窮する人々を覚え、キリストの福音の前進のために、喜んで献金をいたします。」
 クリスマス礼拝、その祝いを受けた私たちは、自分のからだを、より一層の“ささげもの”と
するよう、招かれています。招きの主の勝利の宣言、その祝いに、すでにとらえられている
私たちの前には、人知を越えた喜びへさらに一歩前進する新年が待っていることでしょう。
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by hachimejibap | 2014-01-07 17:20 | メッセージ

私たちは救いを見た

テーマ:クリスマス礼拝
聖書 ルカ福音書 2:25~30
2013年12月22日

 救いを見るとは、救い主を見るということです。本日の聖書箇所に登場する老人シメオン
は、救い主と会うまで死なない、という、聖霊の示しを受けていました。すなわちそれは神の
霊による示しでした。永遠の命の主による示しでした。ですからそれは、救い主と会うがゆ
えに、もはや死なない、ということでもありました。
 旧約聖書、新約聖書の“約”とは、救いの契約を意味します。神からの一方的な恵みとし
て、私たちが救われることになる、という契約のしるしとして、救い主イエス・キリストがこの
世に現れて、十字架に掛かかってくださったということを証しするのが聖書です。もし私たち
がこの救いの契約の言葉を受けるなら、すでに私たちは救いを見ているのです。
 キリストを救い主として信じた人、キリストの言葉を受け入れた人、すなわちクリスチャン
には、すでに聖霊が宿っています。そして聖霊が宿るとき、その人は、神の民が慰められる
のを待ち望むようになります。もはや自分が救われるかどうか、ではなく、自分が慰められ
るかどうか、ではなく、神の民が慰められ、救われることを。(ルカ2:25)
 神の民が慰められ、救われるとは、神の国が成就することに他なりません。ですから、救
いの契約を心から受け入れて、神の民の救いをひたすら祈り求めて自分の身を捧げてい
くなら、その人はすでに神の国の中、永遠の命の中に入っているのです。
 赤ん坊の救い主を抱き、シメオンは声高らかに賛美し、祈ります。
「主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに このしもべを安らかに去らせてくださいます」。
口語訳 ルカ福音書2章29節
 シメオンは救いの契約の言葉どおりであった現実を目の当たりにしました。彼は満足して
世を去ることができました。そのような彼の賛美は、彼が十字架の救いの契約にすでにとら
えられているという証しでした。彼がすでに神の国の中にいるという証しでした。
 シメオンは、自分の願望による納得、見返りを見たのではありません。自分の願望に基
づく何かを見たのでなく、神の一方的契約としての救いを見たのです。当教会にも、「八王
子めじろ台バプテスト教会の契約」があります。月第一日曜の礼拝に、主の晩餐式を共に
しつつ、「八王子めじろ台バプテスト教会の契約」をも共に朗読しましょう。「神は救い」、
を共に味わいましょう。
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by hachimejibap | 2014-01-07 17:19 | メッセージ

みんなで歌おう!共に話そう!そして一緒に祈ろう! 〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036


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