八王子めじろ台バプテスト教会

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チャペルコンサート

皆様のお越しをお待ちしています!

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by hachimejibap | 2013-09-30 18:23 | 活動報告
テーマ 教会学校月間を覚えて
聖書 ヨハネ福音書15:1~8
2013年9月15日

 フクシマの状況は統御されている、という安倍首相の勇ましい宣言とともに、2020年に東
京オリンピックがやってきます。いまだフクシマでは、仮設住宅に足止め状態の方々がたく
さんいらっしゃるというのに…たしかに、社会には前進が必要です。しかし、実際の痛みに
ついてまったく言及しようとしない社会的前進とは、いったい何なのでしょうか。
 もし人がキリストの言葉に背を向けるなら、この世の喧噪に巻き込まれ、人々の言葉が激
しく行き交う中で身も心も疲れ果て、焼き尽くされてしまうことでしょう。(ヨハネ15:6) 罪の世は
神の厳しいさばきのもとにあり、苦難の連続でもあります。けれどもそこにこそ、キリストの
きよい道が切り開かれたのです。イエス様はバプテスマを受けてすぐ荒野へと突き進んで
行かれました。それは、この世の富のみならず、神から恵まれた誉れすらも、一旦、すべて
が焼き尽くされていく道、十字架の苦難に向かう道の始まりでした。しかし十字架の主こそ、
復活の主だったいうことこそが、この世の希望です。すべてがゼロとなったところにこそ、永
遠の命を現してくださる再創造の神、新創造の神がおられたのです。すべてを失った人、す
べてがゼロとなった人こそが、すでに再創造、新創造の恵みの中にあるのです。キリストの
言葉にとらえられ、すでに きよくされているのです。(ヨハネ15:3、ルカ12:49~50)
 私は8/4、棚井暁男さんのご葬儀を司式させていただきました。暁男さんは長らく、ご家族
など近しい方々に、「自分の葬儀は、今までお付き合いのあったお坊さんに、仏式であげて
もらうんだ」、とおっしゃっていました。しかし病状が悪化され、かろうじて筆談での会話が可
能となった頃、キリスト教そのものには、ほとんど背を向けていた暁男さんが、ご自分の方
から、妻の百合子さんにお願いされたのです。「自分のために祈ってほしい、いつも」。百合
子さんが暁男さんの手をとってイエス様のお名前によって祈ると、「アーメン」と唱和された
のです。暁男さんの中に、キリストに対するアーメン、という思いが新創造、再創造されてい
ることなど、いったい誰が予想し得たでしょうか。しかし暁男さんは、人知を越えて、キリスト
の言葉にとらえられ、すでに きよくされていたのです。
 私たち教会は、目に見えるこの世の有様ではなく、目に見えない神の言葉、キリストの
永遠の命を受けましょう。永遠の命の希望をもって、家庭集会、教会学校、研修会、あらゆ
る機会を捉えて、ひたすらキリストの言葉に身も心も捧げていきましょう。
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by hachimejibap | 2013-09-30 18:20 | メッセージ
テーマ 教会学校月間を覚えて
聖書 コロサイ人への手紙3:15~16
2013年9月8日

 今や国民的マンガとも言うべき「ドラえもん」…そこに登場する主要人物である、のび太君
は、勉強もスポーツも大の苦手。彼は、その つらさに、いつも悲鳴を上げているのです。し
かし、勉強や学ぶことに、苦しみやつらさを覚えている人は、のび太君だけじゃない、決して
のび太君は独りぼっちじゃない…
 キリストの言葉は私たちに教えてくれます、勉強や学びの目的は、まだまだ何も知らない
自分、いわば、まだまだゼロに等しい自分に気づかされるということに他ならない、学ぶこと
でゼロになる、空っぽになる、だからこそ、無限に、いろいろな知識と出会うことができるん
じゃないか、無限に知識が広がるんじゃないか!(Ⅰコリント8:2) この世では、何かを積み上
げている人が偉い人として褒めそやされます。業績、お金、知識、その他にも、積み蓄えて
いる人が偉い人とされます。しかしキリストの言葉、十字架の言葉は、そのようなこの世の
常識を打ち砕きます。ですから、のび太君にも、まだまだ希望があります。まだまだ無限の
明日が待っています。ゼロに等しい君だから、空っぽに等しい君だから、無限に、いろいろ
な知識と出会うことができるんじゃないか、無限に知識が広がるんじゃないか…キリストの
言葉は、のび太君を、いや、私たちみんなを招き続けてくれています。さぁ、共に学ぼうでは
ないか、共に、より新しく、知識を分かち合おうではないか、より新しい出会いを求めて行こ
うではないか、みんなで教会学校、研修会にも積極的に参加しようではないか…
 学びを分かち合い続けることによって、くり返し自分がゼロに等しいこと、空っぽに等しい
者であると気づかされることは、痛いことです。逃げたくなります。しかし、そういう誘惑に身
を委ねてしまわないよう、お互いに訓戒し合いましょう。逆に、共に感謝しましょう。そのつ
ど、まだ見ぬ明日に用意された新しい人々や、新しい知識と無限に出会っていくことができ
るという希望、詩とさんびと霊の歌とをもって、心から神をほめたたえましょう。(コロサイ3:16)
 自分はまだまだ何も知っていない、と気づかされているなら、自分とは異なる考え方との
出会いこそ喜びであり、新しい知識をもたらしてくれる、自分と異なる人との出会いこそ感謝
です。まさに、ここにこそ、異なる者どうしが互いを喜び合う、キリストの平和があります。
  「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。あなたがたが召され
   て一体となったのは、このためでもある。いつも感謝していなさい。」(コロサイ3:15)
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by hachimejibap | 2013-09-30 17:27 | メッセージ

みんなで歌おう!共に話そう!そして一緒に祈ろう! 〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036


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