八王子めじろ台バプテスト教会

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テーマ 幸いの食卓、キリストの食卓
聖書 ルカ福音書22:15~18

2013年7月7日

 もし近いうちに寿命が来る、死期が迫っている、とわかったとき、人は、いったい、どんな
ことを思うのか、願うのか。そのようなことについてアンケートをとった人がいたそうです。そ
の結果には、“自分らしさ”をもっと発揮したかった、というような未練、“自分らしさ”を見失
ってきた悲しみ、というような、“自分探し”に類する願いが多く見受けられたようです。
 福音書のイエス様もご自分の死期を悟っておられました。しかも、十字架での苦難という
むごい殺され方を承知しておられました。しかしその際、イエス様が切望されていたことは、
“自分探し”とは異なるものでした。それは“皆で”、“共に”食卓を囲むことでした。(15節)
 イエス様が切に願っておられた食卓、それは過越の食卓でした。(16節)  過越の食卓と
は、神のさばきが過ぎ越されていく食卓です。あなたをさばかない、ゆるそう、という神のゆ
るしの食卓です。十字架の主は言われます、「この私が、あなたが生きることをゆるしたの
だから、あなたは私と共に生きよ、この私が、あなたが生きることを切望したのだから、あ
なたが今いるところで、あらゆる人と共に歩み出そうとすることは正しい」。
 金芝河(キムジハ)さんは謳います、「ああ 飯は、みんなが互いに分かち食べるもの」…
私たちの救い主、キリストの言葉も、まさにそういうことではないでしょうか(17節)。十字架の
苦難のキリストが切望した食卓、それは“分かち合いの現場”でした。キリストの命を分かち
合い、永遠の命の契約を分かち合う現場でした。たとえば自室に一人で聖書を読み、賛美
し、祈る個人礼拝の習慣も、主による恵みです。しかし、共に礼拝する現場にこそ、キリス
トの切望が成就し、復活の命、永遠の命の幸いが満ちるのです。ですから当教会としては、
今、病床に伏せるなどして礼拝を共にできない方々のもとを訪問することで、主の晩餐式を
共にし、より多くの方々と共にキリストの食卓を囲みたいと考えています。
 私たちは、イエス・キリストにあって、共に死に、共に生きるのです。“自分探し”に類する
未練を捨てて、キリストの言葉を分かち合う現場、永遠の命の糧を分かち合う現場に身を
捧げていく、ここにキリストの幸いがあります。ひたすら共に死に、共に生きる幸いに身も心
も差し出して、主の晩餐式に加わりましょう。この後、執り行われる主の晩餐式で、この場
にいらっしゃるすべての人が、目に見える御言葉としてパンと杯を受けることを、主は切に
望んでおられます。
by hachimejibap | 2013-07-31 06:32 | メッセージ

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