八王子めじろ台バプテスト教会

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宣教「幸いなるかな、悲しんでいる者」
聖書 マタイ福音書5章4節

2013年5月12日

 本日の聖書箇所に記されている慰めとは、キリストの御霊、聖霊による慰めです。(ヨハネ
14:26) そして、悲しんでいる者こそが、キリストの御霊による慰め、聖霊の慰め、すなわち、
神の真理をすべて教えてもらえるということであり、キリストが話したことを、ことごとく思い起
させてもらえるということではないでしょうか。
 悲しんでいる人たちこそ、十字架の主の叫びをもっとも間近に聴く人々です。悲しんでいる
人たちこそ、復活の主がどれほど豊かに、そしてすでに、私たち、あらゆる人々を慰めて
くださっているかを深く味わう人々です。(Ⅱコリント1:4)
 この十字架預言は、旧約聖書ゼカリヤ書からも聴くことができます。自分たちが拒んだ相手
こそ、自分たちにとって平和の礎だった、さらには全世界にとって平和の礎だった…そうい
うお方を仰ぎ見ることになる…それがゼカリヤ書12:10を中心にしたメッセージです。自分たちが
神の御旨に対してどれほど無理解であったか、そのことが暴かれることになる苦しみの礼
拝、悲しみの礼拝…しかし、そこからのみ、まことの平和が満ちあふれてくる、それこそ十
字架の救いのメッセージです。それはまた、このように言うこともできることでしょう。神に対す
る私たちのあらゆる無理解を、十字架の贖い主はすでに理解し、受け入れてくださってい
る、ということです。
 イエス様が十字架にお掛かりになる直前まで、弟子たちには、イエス様の御旨に対する
多大な無理解があったと思われます。(マタイ26:51~53、ルカ22:34~38) しかしイエス様
は、多くの無理解を抱えていたと思われる弟子たちに対して、責めたり、あきらめたりなさら
ず、「それで良い」とおっしゃったのです。イエス様は、人知を越えた神の救いのご計画に向
けて、積極的に、それで良い、とおっしゃったのだと思います。私たちは、罪を贖う救い主を
仰ぎ見る礼拝を共に捧げるのです。ですから安心して、自分たちが神の御旨、救いのご計
画に対してどれほど無理解であったか、そのことを覚える悲しみの礼拝に、一人一人自覚
的に向き合っていきましょう。その先にこそ、お互いに慰めを豊かに分かち合う永遠の明日
が、さらには世界的平和の展望が広がっていく、そういう十字架の救い、復活の命が豊か
に起こされることでしょう。
 「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。(マタイ5:4)」
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by hachimejibap | 2013-06-03 07:38 | メッセージ

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