八王子めじろ台バプテスト教会

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共に進み行こう

宣教 「共に進み行こう」

聖書 出エジプト記14:10~15
2013年1月13日

 教育と称する体罰によって自らの命を絶った高校生、働きもないのに儲かり続ける原発
産業、結局は強い者が勝つ、得をする。長いものには巻かれろ、ということなのか…しかし、
神さまはモーセを通しておっしゃいます、私の救いを見るとき、「強い者が勝つ、強い者が得
をする」という悲惨をあなたがたは、もはや見ることはない。(13節)
 ときどき、このような問いかけを耳にします。その救いが信じるに値するかどうか、証拠を
見せろ。しかし神の救いと出会うために決定的なものは証拠探しではありません。待ち望
む、ということです。神の救いとの出会いは、過去の経験の積み重ねに照らし合わせて議
論することでも、あちらこちらを突き回すことでもありません。理由は簡単です。神の救いは
人知を越えているからです。ですから、ひたすら待ち望む、これこそが救いと出会う決定的
なものなのです。(14節)
 聖書を読むとき、私たちは、神さまの言葉に抵抗する神の民、救いのお導きに逆らう神の
民の姿と出くわします。それは神の民が、ことさらに神の救いの言葉に抵抗するというより、
救いの言葉に従っているつもりで逆らってしまっているときがある、ということではないでしょ
うか。もとはと言えば、神の民が奴隷の苦役に耐えかねて、神さまに救いを願い求めていた
のに、12節では、まるでエジプトには充実した生活が控えているかのような言い方です。
今後どうなるかわからない、未知なる危うさと向き合うくらいなら、過去を美化してしまう、そ
れが罪人としての一つの姿なのではないでしょうか。
 私たちが過去を美化することから解放され、未知の危うさと向き合う信仰が養われていく
ためにはどうしたら良いのでしょうか。神さまのお導きはこれです、「前進しなさい。御言葉
に基づいて始まった歩み、その営みに集中し、共に前へと進みなさい。(15節)」
 民だけではなく、指導者モーセも叫んでいたようです。(15節) 口にこそ出さなくとも、モー
セ自身の中にも迷い、葛藤による叫びがあったのではないでしょうか。しかし過去を美化し
たくなる衝動を乗り越え、未知なる危うさ、見渡す限りの荒野の向こうに約束の地が指し示
され続けていく、そして指し示されたがままに、黙して前進していく、それこそが聖書の救い
です。
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by hachimejibap | 2013-01-31 10:32 | メッセージ

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