八王子めじろ台バプテスト教会

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キリストに向かう成長

ヨハネ6:5~10「キリストに向かう成長」

ヨハネ6:9「ここに、大麦のパン五つと、さかな二ひきとを持っている子供が
     います。しかし、こんなに大ぜいの人では、それが何になりましょう」。

 
 本日の聖書箇所で、イエス様の弟子が言いたいことは、私にはわかるよう
な気がします。その少年にしてみれば、みんなが困っている、だから精一杯
の気持ちをこめて、パン5つと魚二匹をイエス様に捧げた、そういうことでは
ないでしょうか。
しかし、相手は大人の男の人だけでも5000人、女性や子どもたちも含めたら、
間違いなくそれ以上です。それに対してその子どもが捧げたのは、たった、
パン5つと魚二匹だけ。弟子にしてみれば、苦笑いを浮かべるしかなかった
かも知れません。
「いやぁ、坊や。気持ちは有り難いんだけどさ、全然間に合わないんだよなぁ」。
せっかく捧げたけれど、間に合わない、これからどこかへ調達しに出かけ
てみたところで手遅れ、何にも行くに立たない。子どもは気楽で良いよなぁ、
イエス様のもとへ行けば、何とかなるとでも思っているんだろうから。
弟子たちが言いたかったことはそういうことだったのかもしれません。

ヨハネ6:11そこで、イエスはパンを取り、感謝してから、すわっている人々に
    分け与え、また、さかなをも同様にして、彼らの望むだけ分け与えら
    れた。

(聖書)
“彼らの望むだけ分け与えられた”…彼らは何を望んでいたのでしょうか。
いや、そもそも彼らは望みを失っていたのではなかったでしょうか。
自分たちの常識で間に合いそうなことには希望を抱くけれど、間に合い
そうもないものにはあきらめる、何も弟子たちだけでなく、それは周りの
大人たち5000人にとっても、同じように常識というものだったことでしょう。
ところが、今、彼らはイエス様に向かって望みを抱いています。彼らが
望むだけ分け与えられた…つまり彼らは、いわゆる常識によって窒息
しかかっていた、そういうところから息を吹き返すかのようにして、
イエス様に向かう期待が、イエス様に向かう願いが、イエス様に向かう
希望があふれ出していたのではないでしょうか。

イエス様はおっしゃいました、
マルコ10:15よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を
    受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。

 
 神の国とは何でしょうか。神がご支配されているその場のことです。
ここも、あそこも、すべて神のご支配のもとにある、それを幼子のよう
に信じるなら、どんな期待も、どんな願いも、どんな希望も妨げられる
ことはないでしょう。
常識で間に合いそうなことには希望を抱くけれど、間に合いそうもない
ものにはあきらめる、そのような虚しさから解放されていくことでしょう。

 たとえば、たった1年ほど前、あれだけ命に深刻な被害を及ぼした
原子力発電所が、もう再稼働されてしまいそうです。人は言うかも知
れません、国のお偉方が決めてしまったことなんだから、常識的に
考えれば、もう、あきらめるしかないよ、そういういった声も聞こえて
きそうです。
 しかし、そのようにして、常識で間に合いそうなことには希望を抱き、
願いを口にするけれど、間に合いそうもなくなったら、手遅れ気味に
見えたら、あきらめる、もし、そういった空気に支配されてしまうなら、
そこは神の国にふさわしくない。
みんなが困っている、何とかなって欲しい、そのような願い、うめき
のすべてを、常識などによってあきらめさせられることなく、ただただ
素直に、イエス様に向けて差し出し続けていく、あらゆるものを捧げ
尽くしていく、5つのパンと二匹の魚を差し出したあの少年のように、
あの少年と共に。
だとしたら、その先に、いや、すでにそこには、神の国がある。
 神よりあずかった子どもたちと共に、キリストに向かって、
これからも成長させていただきましょう。
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by hachimejibap | 2012-08-31 23:32 | メッセージ

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