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八王子めじろ台バプテスト教会 hachimejib.exblog.jp

〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036  礼拝(日)AM10:00~12:10              祈り会( 水曜日 午前10時~11時20分


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カテゴリ:メッセージ( 263 )

喜び祝い、主に仕えよ

201998日 八王子めじろ台バプテスト教会 礼拝メッセージ要旨

                        吉村知子

メッセージ題:「喜び祝い、主に仕えよ」

聖書箇所  :詩編1001-5

皆様の愛唱聖句は何でしょうか。愛唱聖句として詩編を挙げる方も多いのではないでしょうか。2500年以上も前に書かれた詩編が、21世紀に生きる私たちに今もなお語り続けるのは、昔も今も、人間の本質は変わらないことを表しているのではないでしょうか。

詩編は150編から成っており、その内容は苦しみや嘆き、感謝や教訓、とりなしなど様々な詩が集められています。「賛美の歌」に比べると「嘆きの歌」が多く全体の4割を占めています。しかし旧約の人々は、神様に導かれる人生には、どんなに多くの苦難があったとしても、必ず神様を賛美する日が来るという確信があったのです。

今日のテキスト詩編1001-5の中に「主」と言う言葉は9回も出てきます。作者の、神への熱い思いを感じます。3節によると「主とは天地の造り主、私たちをいつも養ってくださる方である」とあります。ここで思い出すのは創世記27節の、主なる神が人間を造り、その鼻に命の息を吹き入れられた場面です。神様が陶器師のように私たちを愛情深く造り、命を育んでくださった様子が目に浮かびます。これほどまでに愛された私たち、神様を忘れることはないはずなのに、現実には神様を信じ続けることがむずかしくなくなることもあるのです

神の民と言われたイスラエルの民も神様から離れ、異国の地へ捕囚として連れ去られました。「なぜこんな苦難に会うのだろう?」。しかし苦しみの中にも神は常にともにおられたことを体験し、故郷へ帰還したとき、「知れ、主こそ神であると」(3節)と、高らかに主を賛美しました。多くの苦難の末にたどり着いた信仰告白だったのです。

賛美とは、喜びに満ちたものだけが捧げるものではありません。むしろ自分の弱さ、苦しみ、悲しみを覚え、そこから立ち上がろうとする者に、主の恵みは溢れるのです。そして主はその人を感謝と喜びの賛美を捧げる者へと変えて下さいます。


by hachimejibap | 2019-09-09 22:32 | メッセージ

平和をつくる人

2019818日 八王子めじろ台バプテスト教会 礼拝メッセージ要旨

吉村知子

メッセージ題: 「平和をつくる人」

聖書箇所  : マタイによる福音書59と申命記512-15

要旨

 イエス様はマタイによる福音書59節で「平和を実現する人々は、幸いである。」とおっしゃいました。「平和とは何でしょうか」、この世の平和と「主の平和」はどこが違うのでしょうか。今日は聖書の語る「平和」について、旧約聖書申命記5章からご一緒に考えて行きたいと思います。

 「平和」はヘブライ語で「シャローム」と言い、「平和、平安」を意味します。礼拝式最後の「祝福と派遣の言葉」に民数記624-26の引用がありますが、26節「主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を賜るように」の「平安」にはシャロームの語が使われています。ユダヤ人は今でも「こんにちは」と言う挨拶に「シャローム、○○さん」と言い、相手に主の平和があるようにと願うそうです。

 この平和は、私たち日本人だけに限定されるのでしょうか。日本に住む外国の方々にも神様の平和、祝福は同様に注がれていると思うのです。申命記512-15は安息日についての規定ですが、14節には「安息は・・あなたの門の中に寄留する人々にも同様に与えられる」とあります。「寄留者」とは今で言う「外国人」です。外国人への配慮がすでに旧約聖書に書かれているのです。八王子市には約50万人住んでいますが、そのうちの約1万人は外国の方々です。私はかつて、外国人に日本語を教えるボランティア活動をしていましたが、風習の違いで近隣住民とトラブルになり困惑した外国人の話を聞きました。

 私たちは自分と違う肌の色、言葉、行動パターンなどに遭遇すると、まず防御反応があり、心のバリケードを作り出し、そこから抜け出すことがむずかしいことがあるのではないでしょうか。その結果、相手もバリケードを作り、互いに理解し歩み寄る機会を奪ってしまうのではないでしょうか。

 神様はすべての人を愛し、ご自分の“命の息”を吹き込んでくださいました(創世記27)。「平和をつくる人」。まず、心のバリケードを外せるよう、平和の主に祈り求めましょう。


by hachimejibap | 2019-08-18 20:45 | メッセージ

今日のメッセージ  八王子めじろ台バプテスト教会


201984                 協力牧師 北島靖士

聖書: ヨハネによる福音書1625節~33

テーマ:平和  メッセージ「しかし、勇気を出しなさい

さきほど、礼拝式前祈祷として、いわゆるモーセの十戒をご一緒に朗読いたしました。なぜ、こういうことをしたかと言いますと、この十戒を基にして、日本バプテスト連盟は2002年に「平和に関する信仰的宣言」【平和宣言】というものをしているからです。その意味で十戒は今月のテーマである「平和」を語るのにふさわしいと思います。なお「平和宣言」は教会員手帳に出ていますので、読んでおいていただきたいと思います。

さて、わたしたちは十戒、10の戒めというけれども、出エジプト記201節を見ますと、それは神さまの10の言葉です。戒めということで、なにか窮屈に縛られてしまうという思いが先立つのですけれども、それは全く逆です。出エジプト記10章の2節を読んでみましょう。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。」十戒とはあなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出す自由の言葉です。わたしたちは奴隷なんて大昔の話だ、と思っています。しかし何年か前にも、ヨーロッパのある国で何十人もの奴隷として売られようとしている子どもたちを国際援助団体がお金を出して、自由にしたということが新聞に出ていました。アメリカでもリンカーンが奴隷解放宣言を出してから170年になろうしています。しかし、いまでも南部バプテストの白人の教会には黒人はほとんどみかけません。たまにいてもそれはお掃除や、台所に雇われている人です。まちのゴミ集めをしている人はほとんどが黒人です。現在の大統領のもとで、外国人差別がいよいよ激しくなっていることを御存じの事と思います。

よその国のことを言ってはおられません。わたしたちの国にもさまざまな差別があります。政治的にも、社会的にも、経済的にも、文化的にも不自由さを感じています。ネットを見れば、韓国人に対するヘイトスピーチが満ち溢れています。一万円札はまだ福沢諭吉ですが、彼は日清戦争の時に「チャンチャンの軍艦を打ち沈めること造作なきことなけれども」と言っているそうです。チャンチャンとは「チャンコロ」と同じで、中国人に対する侮蔑の言葉です。

そして根本的にはわたしたちの奥深くに「罪」が巣くっているのです。そこから、あなたを解放し、自由にしたのはわたしだと神さまは言われているのです。

(これはメッセージの冒頭部分です。アウトラインではありません。)


by hachimejibap | 2019-08-07 21:29 | メッセージ

献げるわたしたち

今日のメッセージ


メッセージ題: 「献げるわたしたち」                         吉村知子神学生

聖書   : ローマの信徒への手紙121-8

「ローマの信徒への手紙」は使徒パウロが57年頃ギリシャのコリントで書いたと言われています。異邦人伝道の使命を神から与えられたパウロはこの頃には地中海沿岸北東部は伝道し尽くし、多くの教会を建てていました。パウロには一つの願いがありました。当時の文化の中心地ローマで福音宣教することでした。諸事情で道が閉ざされていたものの、ようやく道が開かれてきたので、まだ見ぬローマの信徒たちへ手紙を書いたのです。内容は1-11章で自身が人生を賭けて伝えている「福音」とは何かについて、そして12章からは福音を信じた者はどのように生きるのか、実践的な勧めをします。

まず、「礼拝とは献げること」です。「献げる」と言う言葉には「差し出す、そばに置く」という意味があります。私たちが自分の所有だと信じて、しっかり握りしめている物を「神のそばに置く、神に差し出すこと」です。

次に「礼拝とは神へ良き香りを献げること」です。旧約時代「祭司が毎日朝と夕に献げ物を燃え尽くし、その良い香りを神に献げた。神はそれを喜んだ」とあります(民数記28)。パウロはⅡコリント215で「私たちはキリストによって神に献げられる良い香りです」と語ります。私たちの日々の言動はキリストの良き香りを放っているでしょうか。日々、祈りによって心を新しく造り変えていただきましょう。

最後に「礼拝とは、賜物を献げ、神にご栄光を帰すること」です。教会はキリストの体、私たちはそれぞれの部分です。私たちは神様から与えられた賜物を用いて、互いに助け合い、補い合い、キリストの体を造り上げます。

神でありながら、人としてこの世に来られ、十字架にかかり復活された主イエス。それは私たちを罪から救うため。これほどまでに私たちを愛してくださった主にあなたは何を献げますか。主は「あなたの賜物を私に献げよ」と、今日も語りかけておられます。


by hachimejibap | 2019-07-14 21:20 | メッセージ

献げるわたしたち

今日のメッセージ


メッセージ題: 「献げるわたしたち」                         吉村知子神学生

聖書   : ローマの信徒への手紙121-8

「ローマの信徒への手紙」は使徒パウロが57年頃ギリシャのコリントで書いたと言われています。異邦人伝道の使命を神から与えられたパウロはこの頃には地中海沿岸北東部は伝道し尽くし、多くの教会を建てていました。パウロには一つの願いがありました。当時の文化の中心地ローマで福音宣教することでした。諸事情で道が閉ざされていたものの、ようやく道が開かれてきたので、まだ見ぬローマの信徒たちへ手紙を書いたのです。内容は1-11章で自身が人生を賭けて伝えている「福音」とは何かについて、そして12章からは福音を信じた者はどのように生きるのか、実践的な勧めをします。

まず、「礼拝とは献げること」です。「献げる」と言う言葉には「差し出す、そばに置く」という意味があります。私たちが自分の所有だと信じて、しっかり握りしめている物を「神のそばに置く、神に差し出すこと」です。

次に「礼拝とは神へ良き香りを献げること」です。旧約時代「祭司が毎日朝と夕に献げ物を燃え尽くし、その良い香りを神に献げた。神はそれを喜んだ」とあります(民数記28)。パウロはⅡコリント215で「私たちはキリストによって神に献げられる良い香りです」と語ります。私たちの日々の言動はキリストの良き香りを放っているでしょうか。日々、祈りによって心を新しく造り変えていただきましょう。

最後に「礼拝とは、賜物を献げ、神にご栄光を帰すること」です。教会はキリストの体、私たちはそれぞれの部分です。私たちは神様から与えられた賜物を用いて、互いに助け合い、補い合い、キリストの体を造り上げます。

神でありながら、人としてこの世に来られ、十字架にかかり復活された主イエス。それは私たちを罪から救うため。これほどまでに私たちを愛してくださった主にあなたは何を献げますか。主は「あなたの賜物を私に献げよ」と、今日も語りかけておられます。


by hachimejibap | 2019-07-14 21:20 | メッセージ

羊のために命を捨てる

今日のメッセージ  八王子めじろ台バプテスト教会

201977                  協力牧師 北島靖士

聖書: ヨハネによる福音書101節~8

テーマ:教会  メッセージ「羊のために命を捨てる」

聖書には旧約にも新約にも、羊の話が数多く出てきます。羊は元々遊牧民であったイスラエル人にとって一番身近な家畜ですから、当然のことです。羊はおとなしいけれども愚かな動物だといわれます。本当にそうなのかどうか、わたしにはわかりません。わたしは小さいころ、田舎に住んでいました。その時には「山羊」は身近にいましたからよく知っています。山羊は乱暴な動物です。すぐ角で突っかかってきたり、足で蹴ったりします。一寸蹴られたようでも、大変痛くて、青あざが出来たことが何度もあります。しかし、栄養になるものが簡単には手に入らない時代です。ですから、山羊の乳で随分助けられました。山羊は山の羊と書くくらいですから、羊と一寸見た目には似ているようですが、性質は全く違います。聖書にも山羊と羊を分ける話が出てきます。羊の方は群れをなして生活するようですが、しばしばその群れを迷い出るものがあります。そして荒野の中で、不安と恐怖に立ちすくんでしまうのです。ある人が「その羊の姿は、人生の旅路を神に背を向けてとぼとぼと孤独と不安のうちを歩んでいるわたしたちの姿に他ならない」と言いました。

イヤ、わたしはそんな弱い人生を送ってはいない、また送ろうとも思わない。もっと強く、山羊のようにまわりに立ち向かい、攻撃して、押さえつけてでも生きるのだと言う人がいるかもしれません。けれども、わたし達は自分の力にたより、周りを攻撃して生きる時にこそ一番孤独なのではないでしょうか。誰も自分を理解してくれない、その不安がわたし達をますます攻撃的にするのです。家庭内暴力DVだとか、学校での暴力とかということが言われますが、それは親がそして教師や周囲がその子どもを理解していないところから来るのだと多くの教育学者や心理学者は言うのです。(中略)

以前に東京バプテスト神学校を卒業した方が、牧師としてある教会に赴任するに当たって、自分の就任按手礼拝でわたしにメッセージをして欲しいと頼まれたことがあります。その時、この話をしました。「あなたはこれから、この教会の牧師になるのだが、あなたが羊飼いになるのではない。あるいは羊飼いの中に階級、ヒエラルキーがあってイエス・キリストはCEO(最高経営責任者)である最高の羊飼い、その下に中間管理職としての主教や司教や監督のような羊飼い、さらにその下に一般の牧師、司祭と言う羊飼いが居るというのでもありません。全く排他的にイエス・キリストだけが羊飼いであります。教会においては、特にバプテスト教会においては牧会という教会にとって必須な働きにおいて牧師も信徒もその固有の働きによって、イエス・キリストという唯一の羊飼い=牧者に仕えるのです。牧会とは唯一の羊飼いであるイエス・キリストを紹介すること、イエス・キリストの言葉をその人に伝えることと理解しなければならないのです。」と申し上げました。

(これはメッセージの冒頭部分です。アウトラインではありません)


by hachimejibap | 2019-07-09 09:14 | メッセージ

イエスの名によって歩む

メッセージ題 : 「イエスの名によって歩む」

聖書箇所  : 使徒言行録31-10節                         吉村知子神学生

使徒言行録は、パウロやペトロのような使徒が主役であるような印象がありますが陰の主役は神様で、具体的には、聖霊の働きを通して福音が全世界に広がった様子が描かれています。

使徒言行録3章には、足の不自由な男性が癒され神を賛美する者へと変えられた物語が記されています。この男性を変えた言葉、それは「ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」というペトロの言葉でした。名前はその人の本質を表すと言われますが「ナザレのイエス・キリスト」とは、旧約時代から連綿と語り継がれてきたメシア(救い主)が人の姿をとり、私たちのすぐ近くまで降りてくださったことを表します。

40年間神殿の前に座り、礼拝から除外されていたこの男性に神の救いが訪れたのです。神への感謝と喜びに溢れて躍り上がるこの男性が真っ先に行ったところはどこでしょうか。祈りの家である神殿でした。

群衆は彼の身に起こったことを知り驚いたとありますが、ペトロにはこの出来事をきっかけに主を証する機会が与えられます。ペンテコステの時には3千人、この時には5千人が主を信じたとあります。

聖霊の驚くべき業を知ることができますが、私たちはその陰には、たゆまず祈り続ける群れの存在があったことを忘れてはなりません。


by hachimejibap | 2019-06-23 20:31 | メッセージ

今が その時

2019616                 協力牧師 北島靖士

聖書: ヨハネによる福音書47節~26

テーマ:聖霊  メッセージ 「今が その時」

時々お話しするように、わたしは中学生のころに、はじめて教会にゆき、礼拝にでました。けれどもそこで語られているメッセージはほとんどわかりませんでした。よく居眠りをしていました。それでも自分で礼拝に出ると決めましたから、我慢して礼拝に出ていました。まあ意地っ張りで礼拝に出て居のだろうと思います。周りに礼拝に出ると宣言しましたから、すぐに止めてしまうのはじぶんの沽券に係わる事だと思ったのかも知れません。本当はなにもそんなに頑張らなくてもよかったのでしょう。わたしは高校生になってから、別の教会でキリスト者になりました。それからは大勢の同級生を礼拝に誘いました。ある年のクリスマス礼拝後に撮った写真が残っていますが、七、八十人の出席者の三分の二はわたしが連れてきた詰襟やセーラー服の同級生です。しかし、、彼らは間もなく、潮がひくように礼拝からいなくなってしまいました。わたし自身も彼らとおなじように、興味がなくなればサッサと礼拝に出ることを止めて、教会を去ってもよかったのではないでしょうか。

太平洋戦争後、日本には現行憲法によって信教の自由が保障されています。何人も信仰を強制されない筈です。しかし、最近天皇の代替わりにあたって神道儀式が当然のように放送されています。そしてまた子どもたちに神社参拝をさせようという動きがあるのを御存じだと思います。しかし、わたしが家族の大反対を押し切ってキリスト者になったり、牧師になることができたのはやはり、信教の保証がされていたからではないかと思います。信教の自由によって、何を信じるか、あるいは信じないかということは全く当人の自由なのです。また礼拝などの宗教行事に出ることも出ないことも決して強制されません。このように信教の自由ということは基本的な人権であり、社会制度としてもすばらしいものです。どうしても守らなければならないものです。しかしながら、この自由は信仰そのものについてあるいは礼拝について大きな誤解を与えることになるということも言っておかなければならないと思います。

(これはメッセージのアウトラインではありません。冒頭部分です。)


by hachimejibap | 2019-06-16 21:30 | メッセージ

20196 2                協力牧師 北島靖士

聖書: ヨハネによる福音書14:1531

テーマ:聖霊  メッセージ「心を騒がせるな おびえるな」

週報にあるように来週はペンテコステ=聖霊降臨祭の祝日です。ペンテコステはとは五十という意味です。復活祭イースターから五十日目ということで五旬祭とも言われます。この日に起こった出来事が使徒言行録1章に記されています。

使徒言行録1:8

あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。

この言葉どおりにキリスト者たちは中近東、ヨーロッパから世界中に伝道して行きました。そして、このことをわたしたちもまた同じ経験をしているのです。1947年太平洋戦争敗戦後2年目ですが、日本バプテスト連盟が結成された時に東京には二つのバプテスト教会(旧西部組合系)しかありませんでした。目白ヶ丘教会と東京第一教会の前身の西巣鴨教会です。わたしたちの八王子めじろ台バプテスト教会は19686月に福生のアメリカ軍基地の近くにある英語の関東プレインズ教会の伝道所として伝道をはじめました。今から51年前のことです。そして教会として独立する教会組織をしたのが1980年、来年は40周年です。そして八王子めじろ台バプテスト教会と改称してから30周年です。何かのお祝いをすることができるでしょうか。

このような教会の歴史を見ると使徒言行録の通り、聖霊がこの地域にたしかに働いていると思わされるのです。

さて、今読みました聖書の箇所の少し前1333でイエスは言われました。

子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。

つまり「わたしはまもなくあなたがたの所から去ってゆく」とイエスさまは言われました。

(これはメッセージの冒頭部分です。アウトラインではありません)


by hachimejibap | 2019-06-05 12:56 | メッセージ

あなたは私を愛するか

2019512日        主日礼拝           吉村知子

聖書:ヨハネによる福音書 2115-19

メッセージ題: 「あなたは私を愛するか」

 イエス様は十字架にかかり、よみがえり、40日間地上におられました。この短い間に是非とも会いたい人がいたのです。それは3年間寝食をともにし、イエス様の言葉、行動をつぶさに見た弟子たち。しかしイエス様が捕らえられた時、怖くなり逃げ去った弟子たちです。イエス様が弟子たちに再会した時、弟子の人生を変える何かが起こりました。本日は、イエス様とペトロの対話を通して、失望のどん底にいたペトロが再出発した出来事をご一緒に見てまいりましょう。

 本日のキーワードは、「ガリラヤ湖」と「あなたは私を愛するか」の二つです。ガリラヤ湖は、ペトロがイエス様と出会った場所であり信仰の出発点です。弟子となり3年間、イエス様と行動を共にし、弟子の中ではリーダー格、行動的で一途なペトロ。イエス様のためならこの命も捧げますと勇敢に言ったその直後、イエスなど知らないと公言したペトロ。イエス様を裏切ったという重い気持ちを抱えて故郷のガリラヤへ戻った彼の前に、イエス様が現れます。

イエス様は「あなたは私を愛していますか」と3度尋ねます。その問いは、ペトロが消したくても消せない過ち、イエスを3度否んだという自分の姿を思い出させます。「私があなたを愛していることをあなたはご存知です」。もう愛される資格はない。今にも消えそうだけれど、消えなかったイエスへの思い。「彼は傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく燈心を消すことなく…」(イザヤ423)。

「あなたは私を愛していますか」。イエス様のこの言葉によって、ペトロは、自分の弱さ、醜さを照らし出され、同時にイエス様への愛も再確認します。そこから、信仰の再出発が始まるのです。

私たちも信仰生活が長くなると、いつしかイエス様を信じたときの感動、喜びを忘れがちです。「あなたは初めのころの愛から離れてしまった。だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻れ」(ヨハネ黙示録24)。

ペトロは信仰の出発点であるガリラヤで復活のイエス様に出会い、再出発しました。あなたのガリラヤはどこですか。イエス様は今日も問いかけておられます。「あなたは私を愛するか」。あなたは何と答えるでしょう。


by hachimejibap | 2019-05-12 21:16 | メッセージ