八王子めじろ台バプテスト教会

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その話は夜中まで続いた

テーマ 教会学校
聖書 使徒言行録 20章 7~12節
2018年9月2日    教会学校月間  主日礼拝        牧師 左右田 理


 教会には夜を徹して話したいことがあるでしょうか。本日の聖書箇所にはそれがあっ
た様子が描かれています。しかもその話は“パンを裂くこと”(7,11節)と大いに関係があ
ったことがわかります。伝道者パウロはコリント教会に宛てて、十字架で裂かれたキリ
ストの身体を象徴するパン、そして流された血潮を象徴する杯を分かち合って主イエス
の死を告げ知らせていこう、と招きます。(1コリント11:23~26) 本日の聖書箇所においても
パウロたちは、主の死を告げ広めるという、主からキリスト教会に託された使命につい
て熱く語り合っていたのではないでしょうか。
 十字架の主は苦難の主です。十字架の主の苦難は救おうとして訪れた相手から拒ま
れ、辱められ、排除されていく死でした。パウロたち初代教会にとって“主の死”とは“苦
難の出会い”、また“恩を仇で返される出会い”へ自分たちを招く道しるべだったことで
しょう。十字架の“出会い”はこの世の文化、知恵からすれば愚かの極みです。けれど
も初代教会にとって十字架の“出会い”こそが主イエスのもとへ引き上げられる希望で
あり、生きる喜びでした。(使徒5:40~42)
 青年エウティコは居眠りして三階から落ちて死んでしまいました。(9節) パウロの話は
若いクリスチャンを熱狂に駆り立てることなく、深い深い眠りに誘いました。華々しい成
功物語や時代の先端を行くような知恵を耳にしてまどろむ若者は少ないでしょう。コリン
ト教会宛にパウロは自らについてこのように証ししています。「わたしの言葉もわたしの
宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。」(1コリント2:4)
伝道者パウロを支えた霊と力は、十字架の主に仕え続け、苦難の主の中に生き続ける
ための霊と力でした。(2コリント11:23~29)
 “大いに慰められた”(12節)…“慰め”と訳されている新約聖書のギリシャ語パラカレオ
ーには、呼び寄せ、勧め、招くなどの意味があるそうです。息を吹き返した青年エウティ
コと共に人々が受けた大きな勧め、招きはどのようなものだったのでしょうか。そして私
たち教会は主の食卓で、また教会学校分級で十字架による勧め、招きをどれほど豊か
に受けているでしょうか。苦難の主の中で呼び集められる人々との出会いを喜び、共に
涙していく明日へ豊かに招かれていきましょう。(ローマ12:15)



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by hachimejibap | 2018-09-06 15:30 | メッセージ

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