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八王子めじろ台バプテスト教会 hachimejib.exblog.jp

〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036  礼拝(日)AM10:00~12:10              祈り会( 水曜日 午前10時~11時20分


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光の中を歩むなら

テーマ 神の愛
聖書 ヨハネの手紙 一 1章1~10節
2018年6月17日    主日礼拝              牧師 左右田 理

 “光”の中を歩むとは喜びに満たされることです。(4節) しかし、これは単に人々の喜
びではありません。神と人との喜びです。神はご自分だけの喜びで満足するお方ではな
く人々が内輪で喜ぶことを放置するお方でもありません。神と人との喜びのために命の
主キリストが世に現れました。(3~4節) ここに神の愛があります。(4:9) ヨハネの手紙が
執筆された頃、神の高みに達することを救いとする神秘思想が蔓延し始めていたようで
す。(ex.グノーシス主義) しかし救い主キリストは人々の間に降り立ち、人々との触れ合
いに身を捧げました。(1節) 初代教会はここに まことの救い、神の愛を見たのです。
 “光”の中を歩むとは交わりに生きることです。(7節) 初代教会のその交わりについて
伝道者パウロは、世の比較優劣を問い直し、世の価値観に再考をうながすために神は
キリスト者を選び集め、イエスの十字架に現れた神のみを誇りとする群れとしてくださっ
たと証しします。(1コリント1:25~29) だとしたら教会の交わりによって照らし出されるべき真
理は、“世の比較優劣、価値観によって排除され、見過ごされている命であればこそ、
神が愛してくださっている”ということでしょう。“光”の中を歩むとは世の評価から遠ざけ
られた命に耳を傾け、向き合っていく、そのような触れ合いに生きることです。(1節)
 “光”の中を歩むとは闇の中を歩んでしまっている罪を告白することです。(9節) 罪と
は殺されゆく犯罪者たちの中にお立ちになった十字架の主を見捨てた不義、世の評価
において軽んじられた命を見捨てながら生きながらえている不義です。しかしその罪を
公に言い表すなら闇から“光”へとすでに清められています。“光”の中を歩むとは闇の
中の“光”に生きるということです。(ヨハネ1:5,3:19) ここに闇の中を歩んでしまっていなが
らも“光”の中を歩ませていただくという人知を超えた救い、神の愛があります。
 日本バプテスト連盟諸教会はこれから、6/23“沖縄の日(命どぅ宝の日)”、8月“平和月
間”に向かいます。その時代、その社会において見過ごされている命に寄り添いきれな
い罪を公に告白し、それらの命から表れる十字架の主の うめきにくり返し耳を傾け、再
び出会い触れ合うことのできる明日を共に祈り求めましょう。この祈りを“光”の主は喜
んでくださいます。“光”の主の喜びを自分たちの喜びとするとき、私たちは光の中を豊
かに歩んでいるのです。


by hachimejibap | 2018-07-19 16:00 | メッセージ