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八王子めじろ台バプテスト教会 hachimejib.exblog.jp

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手を伸ばしなさい

テーマ 教会の信仰告白
聖書 マタイによる福音書 12章9~21節
2017年5月21日      主日礼拝              牧師 左右田 理

 福音書にはイエス様を試す人々が登場します。試す判定基準は当時神の言葉として
共有されていた律法です。(10節) そして彼らが律法によってイエス様を試そうとした目
的は神の民として認められる人種か認められない人種かを判別するためでした。それ
は二度と神の国イスラエルに神の怒りがくだされることのないようにするため、すなわち
神の民、神の国の安息を守る“善”だと考えられていました。(エレミヤ17:27)
 本日の聖書箇所はマルコ、およびルカによる福音書にも並行記事があります。しかし
宗教指導者たちに対するイエス様の応答に違いがあります。マルコとルカでは“安息日
は命を生かす日か、殺す日か”という反問形式になっています。宗教指導者たちに何が
“善”であるかを反省させるチャンスを提供しているとも考えられます。しかし本日のマ
タイでは“安息日の善は命の手助けをすることである”と問答無用に結論づけられていま
す。しかしマタイなりの反問があるように思えます。それは何が“善”かという反問では
なく…「あなたがたは手の萎えた人をわたしの前に連れてきたつもりだろうが、わたしの
前で手が萎えているのは、じつは あなたがたではないのか?」
 手の萎えた人がイエス様の前に連れられた来た出来事のあとに、預言者イザヤの言
葉が引用されるのはマタイだけで、並行記事としてのマルコ、ルカにはありません。そし
て引用元 イザヤ42:1~4 が離散した同胞ユダヤ人に対する救いとして読むことも可能であ
るのに対して、本日の マタイ12:18~21 では、同胞(身内、仲間)は度外視され、“異邦人(よ
そ者、神の民ではない人々)のための救い”の預言として宣言されるのです。これこそ、
いわゆるマタイ教会における「教会の信仰告白」だったのでしょう。「手を伸ばしなさい」
(13節)…マタイ教会は 「教会の信仰告白」を通して霊的な反問を互いに分かち合いつつ
お互いに目を覚まさせ合っていたのではないでしょうか。「異邦人の命の手助けができ
ていない神の民、異邦人の手をとることもできていない神の民こそ、その手が萎えてし
まっていないか」。
 私たち教会は、命の主のもとへ人々を招くことによって、命の手助けをしていきましょ
う。本日週報の報告欄にありますように、新しく来られる方々のために「礼拝ガイド」を
有効活用し、伝道牧会のための「証し集シリーズ」冊子化に期待しましょう。


by hachimejibap | 2017-07-26 04:00 | メッセージ