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八王子めじろ台バプテスト教会 hachimejib.exblog.jp

〒193-0833 東京都八王子市めじろ台2-15-2 ℡.042-663-7036  礼拝(日)AM10:00~12:10              祈り会( 水曜日 午前10時~11時20分


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すべてのものは 神のもの

テーマ :主の祈り
聖書 歴代誌上 29章10~20節
2016年8月28日                       牧師 左右田 理

 主の祈りは、マタイによる福音書6章に記されているイエス様の祈りだと紹介されてい
る場合があります。しかし最終部分は違います。本日の聖書箇所であるダビデの言葉
が意識されているという考え方があり(11節)、私も今、その可能性があると思っていま
す。しかし、もしそうだとしたら、なぜ主イエスの祈りの最後にダビデの祈りが入ってくる
のでしょうか。 聖書物語において、ダビデが約束の救い主(メシア、キリスト)の原型とし
て英雄視されているからでしょうか? そうではないと思います。
 このダビデの祈りは、神殿(礼拝堂)を神に、盛大に奉献“するための”祈りです。奉献
“したときの”祈りではありません。なぜなら神殿奉献は、息子ソロモンが王を襲名後に
着工、完成したからです。ダビデは、後生が神殿建設をし始めるのに必要な資材を調
達する役割に徹することで、自らの生涯を閉じていきます。だとしたら、このダビデの祈
りは、後生を祝福する祈りです。後生を祝福する祈りが、主の祈りの最後の原型となっ
ていると考えられます。
 ヨハネによる福音書4章には、通称「ヤコブの井戸」の物語があります。当時のユダ
ヤ人にとって、いわば敵対種族であったサマリア人の居住地を通った際、空腹を覚えて
おられたイエス様のために、弟子たちは、わざわざ外地から食料を調達してきました。
ところがイエス様はそれを召し上がろうとせず、イエス様一行はサマリヤ人のもとに寝
泊まりすることになり、結局、彼らと食卓も共にしたと考えられます。弟子たちの労苦は
無駄だったのか…しかし、イエス様はおっしゃいます、「わたしがあなたがたを遣わすの
は、あなたがたの報酬が、じつは他の人による労苦の結果だという、人知を越えた感謝
が明らかになるためである」。(ヨハネ4:38) 私たちが礼拝から世に遣わされていくのは、
キリストによる感謝、祈り、喜びに満ちた平和を受けていくためです。(1テサロニケ5:16~18)
 だとしたら、私たちの労苦は誰の報酬になるのでしょうか。ダビデによれば、私たちの
労苦は、後生のためです。主の祈りの最終部分、“…み国も力も栄光も とこしえにあな
た(神)のもの…”とは、“…み国も力も栄光も とこしえにあなたがた(後生)のため…”と
いう代々にわたる祝福へ開かれていくのです。9月は教会学校月間です。2014年度バ
イブルキャンプで意識した「信仰のバトン」の継承にも、共に向き合いましょう。
by hachimejibap | 2016-09-07 10:00 | メッセージ